今回は従業員の給与、人事、福利厚生の管理をクラウドベースで提供する「Paychex」社について取り上げていきたいと思います。
(ホームページより)
1971年ごろ、アメリカでは巨大な潜在市場を無視されていました。
それは、アメリカ企業のおよそ98%を占める従業員100人以下の企業です。
創業者のThomas Golisano氏はここに目をつけ、わずか3000ドルの資金をもとにPaychex(当時Paymaster)を創業。
たった一人の従業員しかいませんでしたが、対象を中小企業に絞って給与管理のアウトソーシングサービスを開始します。
事業は順調に拡大し、18ものフランチャイズやパートナーシップをもつまでに拡大。それを一つの会社にまとめたのが1979年のこと。
1983年にはナスダックへの上場を果たします。
1989年には新製品の納税ソフト「taxpay」を発表。創業当初40社ほどだったクライアントもついに10万社を超えます。
そして翌1991年には人事管理サービスを発表。
1993年には「Paylink」、1995年には「Recordkeeping」、そして翌1996年には「Major Market Services」と立て続けに新サービスをリリースします。
そして1996年には「Olsen Computer Systems」と「National Business Solutions」の2社を買収し、2002年には「Advantage Payroll Services」、2003年には「InterPay」を買収。
1996年から2017年現在まで合計14社の企業買収を実施しています。
(創業者:Thomas Golisano)
2004年には創設者であるThomas Golisano氏が引退し、現在はMartin Mucci氏がCEOを勤めています。
それでは2004年から現在までの業績推移をみてみましょう。
2004年の売上高は13億ドルほどでしたが、2017年には32億ドルまで増大。
13年間でおよそ2.5倍の売上高になっています。営業利益率は40%前後と極めて高い水準を保っています。
今回のエントリでは、成長を続けるアメリカの大手給与管理サービス「Paychex」の事業について調べてみたいと思います。
Paychexが事業を展開するのは、「HCM(Human capital management)」と呼ばれる分野です。
具体的には「給与支払い」「人事」「退職」「保険」などに関するサービスを、中小企業を主なターゲットとして展開しています。
顧客企業は、サービスをアラカルテ形式で一つだけ使うこともできますが、いくつかをセット利用することが多いようです。
具体的には、次のように5つの機能を提供しています。
①給与管理(Payroll)
Paychexの創業事業でもあり、現在でも中核となっているのが給与管理サービスです。
中小企業の経営者にとって、給与支払いはとても面倒な雑務です。
しかし、お金を扱う重要な業務でもあるため、簡単に誰かに任せられるものでもありません(特に中小企業の場合)。
Paychexの給与管理機能を使えば、従業員への給与計算から支払い、その後の税金に関する雑務までを一貫して巻き取ってもらうことができます。
国や州の法律ルールに違反していないかのチェックもやってくれます。
② 人事(Human Resources)
メインは給与管理でスタートしたPaychexですが、そこに付随して人事に関する機能も提供しています。
具体的には、入社・退職の際の手続きや保険サービスなど、社員を雇用したら必ずでてくる手続きをアウトソースすることが可能。
③ 勤怠管理(Time&Attendance)
これは給与管理(計算)とも関係してくるところですが、従業員は次のようなアプリや端末で勤怠を記録することができます。
一番左はスマートフォンアプリですね。タップするだけで出勤・退勤時間を打刻することができます。
真ん中は、なんと虹彩認識(Iris Recognition)を利用した勤怠管理端末です。
ここに目を当てれば、出勤や退勤時間が記録されるわけです。SF映画などで鍵を開ける時によく見るやつですね。
一番右は、指紋を使ったバージョンです。
④ 福利厚生(Benefits)
②「人事」とも関わってくる部分ですが、健康保険や退職後の確定拠出年金(401k)に関する情報を管理してくれます。
⑤ 採用・オンボーディング(Hiring & Onboarding)
ここまでは一般的なバックオフィス業務と言えるものですが、Paychexは人材採用に関する機能も提供しています。
面接のスケジューリングから応募者のスクリーニングまで、Paychex上で一貫して行うことができます。
採用が決まったら、そのままPaychex上で入社手続きまで行えます。ここまでカバーしているのはすごい。
製品別の売上
5種類の製品は、大きく「給与支払い(Payroll)」とそれ以外の「HRS(Human Resource Services)」に分けられています。
売上の57%は給与管理サービス(Payroll)によるもので、創業以来大きな割合を占めていることが分かります。
また、もう一つ興味深い点は、Paychex導入企業の平均従業員数が14人だということです。
これはもともと、創業者Thomas氏の父が中小企業を営んでおり、父が営んでいるような中小企業の役に立つような会社を作りたいというThomas氏の経営方針が影響しているようです。
続いて、Paychexの財政状態について見てみましょう。
資産
総資産は60億ドルほどあり、その中で最も大きいのは顧客からの預かり金(Funds held for clients)で、43億ドルに達しています。
バランスシートの70%以上を占めているわけで、かなりの金額です。
現金同等物は1.8億ドルほど。また、買収によるのれん(Goodwill)が6.6億ドルほどあります。
ちなみに、Paychexは43億ドルにのぼる顧客からの預かり金を投資運用しており、それにより全体収益の1.6%程度に相当する金利収益をあげています。
Paychexは税金などの公的機関への支払いや、従業員への給与支払い請け負っていますが、顧客から預かって実際に支払うまでの時間を使って運用しているようです。
その多くはグレードの高い債権などで、それほどリスクをとっているわけではなさそう。
負債・純資産
資産の源泉である負債と純資産の項目もチェックしてみましょう。
バランスシート上で最も大きいのは「顧客への債務(Client fund obligations)」で、39.5億ドルほど。資産サイドの預かり金とほぼ対応していることが分かります。
そのほか、利益剰余金が10億ドル、払込資本(Additional paid-in capital)が10億ドルほどあります。
キャッシュフロー
続いて、キャッシュフローです。
営業キャッシュフローはとても安定しており、毎年10億ドル弱を稼いでいます。営業利益が12.4億ドルなので、利益額と比べてそれほど大きな乖離はありません。
財務キャッシュフローがマイナスになっているのは、配当金を毎年6億ドル前後支払っているのが最も大きくなっています。
フリーキャッシュフロー
設備投資の金額はそれほど大きくはないため、フリーキャッシュフローは安定してプラスです。過去5年間の平均は7億ドルほど。
ここで、Paychexの株価について確認してみましょう。
株価
株価は1983年の上場以来継続して上昇しています。
時価総額は249億ドルあるため、フリーキャッシュフロー7億ドルの36年分ほどの時価総額がついています。市場からの評価はかなり高いと言えます。
市場から高い評価を受けるPaychexですが、今後も成長を期待することができるのでしょうか?
直近の5年間における平均7%以上の増収増益を続けています。
創業から50年近くが経過したテクノロジー企業でありながら、ここまで成長を続けていることから、市場から高く評価されていること自体は全く不思議ではありません。
ただ、ここ5年の成長を牽引しているのは中核事業の「給与支払い」ではありません。
「HRS(Human Resource Services)」の売上比率が2014年は全体の35%程度に過ぎなかったのが、44.8%にまで拡大しています。
給与支払いサービスの成長は毎年2%といったところで、ほとんど成熟していますが、HRSでは今後も13%以上の売上成長を計画しています。
Paychexの給与支払いを利用する顧客の数は、2016/8期から2年間横ばいです。
今後は給与管理サービスについて大きな拡大は望めそうにありません。
だからこそHRSによるアップセルや、M&Aによる事業領域の拡大を推し進めているのでしょう。
これほど収益性が高いにも関わらず、Paychexの手元にある現金同等物は2億ドル以下と、時価総額250億ドルに達する企業にしてはあまり多くありません。
ですが、毎年稼ぎ出す営業キャッシュフローは10億ドル前後と、手元キャッシュの5倍以上の金額が流入することになります。
(そのうち半分以上を配当金にあてていますが)
この潤沢なキャッシュフローをもとにHRS事業を伸ばしていくというのがPaychexの次なる成長戦略となりそう。
世界中で「SaaS」と呼ばれる企業が台頭する中、50年近い歴史をもつPaychexがこれからどのような戦略でSaaS市場を攻略していくのか、注目していきたいと思います。